明治14年(1881年)9月、三河で初めての中学校が宝飯郡国府村の地に誕生しました。設立にあたっては多くの有力者が連携し尽力したようです。国府の弘法山公園に建てられている武田準平の顕彰碑や御津町新宮山の顕彰碑が歴史を物語っています。
桜ヶ丘ミュージアム企画展
取材2019/12/22(日)
弘法山公園顕彰碑 武田準平
中学校設立に尽力し、校長渋江保と政治結社・進取社を結成した。
愛知県豊川市国府町岡本 取材2018/2/18(土)
新宮山顕彰碑 竹本元すぐ(にんべんに暴)
宝飯郡長として村々をまとめあげた
碑の文は宝飯中学校で教員を務め、その後財賀寺に入った三宅均、書は郡役所̪吏員をつとめた土井良四郎。
愛知県豊川市御津町広石新宮山 取材2019/12/28(土)
新宮山顕彰碑 渡辺鑵造
幹理学務委員を務める傍ら率先して寄付を行った。
愛知県豊川市御津町広石新宮山 取材2019/12/28(土)
新宮山顕彰碑 山本三太郎
宝飯銀行頭取として宝飯銀行を支援した。
愛知県豊川市御津町広石新宮山 取材2019/12/28(土)
新宮山顕彰碑 加藤幸三郎
中学校設立に尽力し初代校長や幹理学務委員を務めた。
建設当時は加藤の銅像が台座の上に建っていた。
愛知県豊川市御津町広石新宮山 取材2001/12/01(土)